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第018話 いまそこにいる僕 (後編)



<← 前回「いまそこにいる僕 (前編)」はこちら>

    「おにいちゃん,だれ?」

声のする方を見ると,3歳…か4歳くらいの男の子がそこにいた。

男の子 「おにいちゃん,だれ?
     …あ! それボクがよんでたヤツ!! かえしてよ!!」
レドリル「返してって言われても,
     この本は図書室のものだから誰が読んでも…」
男の子 「かえしてようー」

今にも泣きそうだった。泣かれては困る。仕方なく,自分の持っている本を渡すことにした。

レドリル「あ,わかったわかった。泣くな泣くな」

そう言うと読んでいた本を閉じて,その子に渡した。いまにも泣きそうだったその子はニッコリと笑って本を読み始めた。読む本が手元にないので,別の本をとって読み始めた。

それからどれくらい時間が経ったろうか。二人とも本を読むことに集中していた。しばらくすると男の子は本を読み終えたようだった。本を閉じて,言った。

男の子 「ねぇ,これよみおわっちゃったから,こうかんしようよ」
レドリル「え? ああ,これ,それの続きなんだ…いいよ,はい」
男の子 「ありがとう」
レドリル「……いつもここに来るの?」
男の子 「うん。いつもくるよ。おにいちゃん,はじめて?」
レドリル「ここは初めてだけど,
     確かキミくらいのときは本をいっぱい読んでた」
男の子 「なんのほんよんでたの?」
レドリル「えーっと,…どんなのだったけな〜……
     忘れちゃった。ハハハハ…」
男の子 「えー,わすれちゃったの? つまんない」
レドリル「かわりにほかの話してやるよ」
男の子 「ほんと?」

しばらく二人の会話が続いた。男の子は話を興味深げに聞いていた。だが,突然,二人の時間が壊されてしまった。図書室がグラリと大きく揺れたのだ。その揺れで本棚に不安定に積まれてあった大量の本が一斉に襲って来たのだ。

レドリル「うわぁぁ!」

座り込んでいたため逃げる間もなく,本に埋もれてしまった。勢いで本棚までもが倒れてしまい,本棚の下敷きになってしまった。意識がだんだんと遠くなり,ぷつりと途切れてしまった。

男の子 「お,おにいちゃん,おにいちゃん,だいじょうぶ? だいじょうぶ?」

少年はレドリルへ近づいて本棚をどけようとしたが持ち上がらなかった。どうすることもできずに本をかき出すばかりだった。

男の子 「ううぅう,うううぅう」

目の前に起こった出来事への恐怖と,自分の非力さとがあいかさなって,いつのまにか泣き出していた。涙を流し鼻水を垂らし,声にもならない鳴咽にむせびながらも必死に手を動かしていた。だがやはり非力だった。自分だけではどうしようもなかった。少年は立ち上がり,駆け出した。図書室の奥…そこは先の見えない暗闇だった。泣きながら必死に駆けていった。進む方向がやや明るくなったかと思うと,そこは廊下だった。少し薄暗い,どこか家の廊下のような場所だ。

男の子 「……じゃうよ,……ちゃんが……じゃうよ……」

そこへ大人の女性が近づいてきた。

女性  「あらあら,ぼうや,どうしたの?」
男の子 「……じゃうよ,うぐっひぐっ
     ……ちゃんが…うぅぅう……じゃうよ……」
女性  「泣いてたらわからないでしょ。
     泣かないでちゃんと言ってごらん」
男の子 「ひ…ひぐっ,お,おにいぢゃんが……
     おにいぢゃんがしんじゃう……」
女性  「お兄ちゃん? 死んじゃう? なにがあったの?」
男の子 「ほ,ほんがいっぱいあって,ほんがおちて,
     おがあざん,はやく,おにいぢゃんがしんじゃう」
女性  「本がいっぱいって,それはどこなの?」

すると少年は自分が来た,あの暗闇のほうを指差した。女性はその方向を見たが,そこは廊下のつきあたり…特に何もない場所だった。それを見て,少年をぎゅうっと抱きしめ,頭をなでた。

女性  「夢を見たのね,とてもとても怖い夢。
     大丈夫よ,もう怖いことはないから」
男の子 「でも,でも…」
女性  「ぼうや,そこには何もないわ。
     いっぱいの本は,うちにもどこにもないのよ 」

遠くから男の声。

男性  「おーい,ちょっとこっちにきて手伝ってくれ」
女性  「ほら,お父さんにどやされる前に,涙をお拭きなさい」
男性  「おーい,早く」
女性  「はい,今行きます」

女性は声のする方へ行った。一人残されてしまった少年。
少年はそこで泣き崩れてしまった。

ふと目を覚ますと,ベッドの上だった。メーテルと車掌さんがいた。

レドリル「あれ…ここは…」
車掌  「医務室です」
レドリル「そういえば,本棚が倒れてきて…」
メーテル「図書室で倒れていたの。
     車掌さんがここまで運んでくれたのよ」
レドリル「そうか,あの時,気を失って……車掌さん,ありがとう」


そうだ,あの時,グラリとゆれて,本と本棚が倒れてきて下敷きになった。気を失って,あとは何も覚えていない。何も。……そういえば,あの男の子はどうしたのだろう。

レドリル「そばにいた男の子は?」
メーテル「男の子?」
レドリル「図書室で一緒だったんだ。3歳か4歳くらいの…」
車掌  「はて,そのようなお客様はいないはず…
     いま999号はレドリルさんが一番年齢が下ですので,ハイ」
メーテル「夢…じゃないかしら」
レドリル「夢……!? いや,そんな馬鹿な…」


ベッドから飛び起きて図書室へ向かった。あの時,あの光景,あの体験は夢なんかじゃない。そういう思いが頭の中を巡っていた。図書室に到着。あの時と同じだ。同じ入り口,同じ扉。扉を開けた。そこは,さっき来た図書室とは違って明るく,そして,それほど広くはない普通の列車の中だった。

レドリル「…あれ……???」

夢か現か,はてさて。

<→ 次回は「カルネアデスの板」>


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